山と僕とカメラ

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登山初心者のバタバタ日記

六甲山、表から登るか裏から登るか(中編その3)

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 慣れればなんて事はない。と今回には当てはまらない。一歩一歩、ゆっくりと足を置いていく。まさに置いていくのだ。そして、本当に大丈夫なのか、このフィックスロープは、信用してはならない。

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よく登山道の急斜面にこういった誰だか知らない人が張ったロープがあるが、どこまで信用していいのか疑問である。決して信じ切ってはいけないし、かといって使わないと進むのはなかなか手強い。切れて落ちても誰も補償してくれない。まるでロシアンルーレットのようなその道を進むと、やっぱり下りの崖があった。ほらね、ハイハイ分かってましたよ。

ようやく下の沢に降りた。そこは狭いながらも先は広く抜けている。あとは、その道なき道ならぬ、沢を登っていくだけだ。人もたくさんおいでなすってだ。

ここで滑ってこけてはいけない。用心して歩く。雪、岩、川、素晴らしいほどのスリップ条件なのだ。濡れるのが嫌だからと、へんな足場に乗るよりは、素直に川に足を突っ込んだほうがいい。こういう時、防水のゴアテックスのブーツはとても役にたつ。決して中まで濡れない。

そうやって一歩一歩進んでいくと、前方のみんながある場所を見上げている。それが見えるところまで進む。

 

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大きな滝があった。

それはしかし、流れてはいなく、固まっていた。氷で覆われた、大きな氷の滝だった。それはまるで、悪魔の魔法で一瞬で凍らされたように固まっている。こんなにも自然はすごいのか。高さは30mほどあろうか。よく見ると氷柱はほんのり青く光っている。

「き、き、きれいですね、、、、」

「今年は凄いなぁ、いやー、本当に綺麗だ」

「ここまでありがとうございます!!、1人だったら迷ってましたよ」

「いや、こちらこそ、ありがとう」

と、労いを交換しながら、ただし見ているのはお互いの顔ではく、その巨大な氷瀑であった。

この一瞬からしだいに溶けていくのがわかる。ピチピチと音が聞こえる。

雪や氷は普通白い、光が不純物で乱反射している。しかし、ゆっくり時間をかけて凍ると、不純物がなくなるので、乱反射がおきにくい。光は青いほうが波長が短いので反射しやすい。赤は波長が長いので吸収されてしまう。よって氷は青く輝くのである。らしい。という事は、超純水な氷は反射せず、真っ黒に輝くのであろうか。知らんけど。それにしても、空や海が青いのが地球では自然、当然の事となっているが、この青、よくよく考えると、かなりファンキーな色である。ビビッドで、とても自然の産物とは思えない。青色が嫌いな人は、空も嫌いなのだろうか。

と、自然の摂理さえも考えされられるこの氷瀑、こういうのがこんなに簡単に都会から来て見れるのは、凄い。みんな来ればいいのに。

インターネットで冬の六甲山のルートを調べていると、冬はなぜか北側、裏六甲の方が人気だという事が分かった。何故かと調べていくうちに、こういう事らしい。まず、六甲山には数多くの滝があり、その多くが北側ある。滝とはいえ、それほど大きくはない。それらが冬の寒い時期に一斉に氷り氷瀑となる。氷瀑が見れるのは短い期間だ。そしてそれらを見に登山者が集まる。私ももれなくその一人となったわけである。

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周りの人は入れ替わり立ち替わり、氷瀑の前で記念写真を撮っている。皆、幸せそうだ。なんて事ないただ上から水分が落下しているのが気温が零下になって凍った状態の前で、笑っているのだ。ここでは戦争はおきないだろう。

私たち、おんじアンドミーもお互い写真を撮る。ひとしきり氷瀑の写真を撮りまくったのち、ご飯だ。

だいたい検討はついていたが、やはり皆、思い思いの場所で滝の方に向かって座ってご飯を食べている。

当然のごとく、私とおんじも一緒にご飯を食べる事になった。

今日のご飯はカップ麺だ。

チャカチャカと慣れない手つきでガスバーナーを出してお湯を作る。おんじは、あ、おんじもカップ麺だ。彼は魔法瓶のお湯を直接注いでいる。賢い。この時間ならお湯もまだ冷めないだろう。

登山で何度か昼食シーンを体験したが、バーベキューやキャンプと違い、皆、一人一コンロなのだ。たとえグループで登山してても。最初は何故だろう?と思っていた。皆でわけわけして作ればいいのにと。

その理由が次第に分かってきた。登山は一つ間違えれば命の危険があるスポーツである。というのは常識だ。その中で自分の事は自分で全て解決する、この事がとても大切だ。他人の飯や燃料を頼っていては、とてもではないが、いざはぐれた時に、その人はどうするのだ。そう、ガスやコンロは登山者において大切なパートナーなのである。必需品なのだ。だから皆、たとえ同じガスバーナーでも自分で持ってきて隣り合って使っているのだ。

もちろん、それを踏まえたうえで、荷物を減らすために共有することも多々ある。それは事前に計画をしっかり立てている場合のみであって、「あー、誰かが持ってくるから、僕はいいや、借りよう。」っていうのは間違いだ。

以前、結婚式で、友人関係者がカメラマンばっかりの時があった。その時、先ほどの現象がおこり、カメラマンなのに誰もカメラを持ってきてないというなんとも悲惨な式になったのである。

もちろん皆が調理器具や食材を分散して運ぶ場合もある。みんなで楽しく鍋を囲ったりするのは、サイコーだ。それはそれでもちろん問題なかろう。そいうのもしてみたい。

「今日の登山」は「次の登山のための何か」なのだ。と私は思う。

(続く)