山と僕とカメラ

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登山初心者のバタバタ日記

剱岳の夏登山 その5 裏剱に移動編(剱沢キャンプ場〜池ノ平小屋)

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剱岳の裏側へ回る道は過酷そのもの

剱岳には二面性がある。まさに表と裏である。一般的に立山連峰から見えるのが表側だ。きれいな二等辺三角形剱岳を見ることができる。別山尾根ルートもこちら側で西側の尾根を歩いて登る。登山客も多く人気のフィールドだ。

だが以前、K氏たちと喋った時に彼が「裏剱ってのが、いつもの剱岳とは全く違って日本ではないような景色を見ることができるのです」との言葉を覚えていた。出発前にコースを決める時にそのことを思い出し、インターネットで調べるとまさに見たこともないような景色だった。結局このルートを選ぶことに決めたとき、彼らがまさか同じ時期に行くことは私だけは完全に忘却の彼方に葬り去られていたので、スケジュールを合わせた時に全く同じだったことに驚いたが、それ以上に安堵した。

 前回

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3時 起床

まだ夜だ。でも周りのテントもガサガサと音がする。山の朝は早い。田舎の祖母も生前とても早起きだった。そもそも灯りが乏しい時代は日の出と共に働き始め、日没前に夕食を済ませ、日没とともに寝るのが当たり前だった。当たり前というか、照明のエネルギーを使わない最善の方法である。山では加えて天候の悪化を回避するためになるべく行動時間は日没前に長く取れるように一日のスタートは早い。日の出前の4時にスタートできれば17時まで13時間使える。12時まででも8時間使える。日の出前とはいえ、真っ暗ということはないので、問題ない。

本日の行程は日本三大雪渓の剱沢雪渓を下り、昨日劔から見た真砂沢ロッジを通ってぐるり剱岳を反時計回りに回り込むように仙人峠から池ノ平小屋まで行くというロングトレイルだ。二股吊橋までは下りだが、そこから尾根に入るので上りとなる。

フルグラをスキムミルクで溶かしたにわか牛乳に入れ、掻き込む。ファイントラックのオレンジのテントをしまい、パッキングし直す。水は十分に持っていかないといけない。雪渓では軽アイゼンがあると歩きやすい。今回私は軽アイゼンではなく、チェーンスパイクにした。

 

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5時30分 剱沢テント場を出発

剱沢キャンプ場を雪渓方面に下る道に入る。あたりはもう明るい。がしかし重い荷物とザレた道なのでなかなか進まない。これは今日は長くなるなと、そう思った。

最後尾に位置する。雪渓にはまだ入らない道だが、雪渓のほうが遥かに歩きやすそうだ。我慢して暫く行くと雪渓に入る場所があった。ここで他のパーティ含め、皆それぞれのアイゼンを付けている。

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6時30分

私達もいったん荷をおろし、アイゼンを付ける。K氏はアイゼン付けない派だ。どこまでも猛者である。チェーンスパイクを付け、再度ザックを背負う。ここはかろうじて石の台座があったので良かった。平地で何も無い場所は座ってからの前かがみ、という体勢になることができないので、寝返り、うつ伏せになってから立ち上がる。亀のようだ。相変わらず重い。

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ここからはしばらく雪渓を下っていく。左手には雪がまだ残る谷や尾根がある。ここを進む登山者は皆が私達と同じとは限らない。この雪渓を通る登山者はこういった谷や支尾根を登って剱岳に向かう人も多い。

雪渓は波打っている。そして真っ白ではなく、泥のようなものがついている。しかし柔らかく溶けている感じはなく雪質は硬い。ズボズボを予想していたのでこの予想外は嬉しい。

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たまに振り返る。後ろを見ても広い雪渓だ。剱岳や裏剱がなければ、ここはここ単体ですばらしい景勝地になり得ただろう。がしかし、剱岳なくしてこの雪渓は存在し得ない。

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先頭を行くK氏たちや相方からしだいに距離が離れていく。彼らが速いのではない、私が遅いのだ。写真を撮りながらだというのもあるが、その巻き返しのためのスピードアップができない。たまに手を降って生きていること、そして元気であることを伝える。

本日も足首、並びに膝はテーピングで固定した。おそらくは今日が一番負荷がかかるだろう。

雪渓はまるで夏に冷凍室を開けかのようなひんやりした冷気の霧がおおい、涼しさもある。

チェーンスパイクでは少し刃の長さが足りないようだ。食い込みが浅く、斜面では滑りそうだった。反省。

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7時15分 平蔵谷付近

谷の出合は更にいっそう広い雪渓となる。平蔵谷その向こうに長次郎谷、そしてその間にある尾根が源次郎尾根だ。長次郎尾根の向こうは八ツ峰である、多分。長次郎谷の由来は点の記でも登場した名ガイド、宇治長次郎その人のことである。

剱岳には多くの高い尾根がある。別山尾根、東尾根、源次郎尾根、八ツ峰、三ノ窓尾根、小窓尾根、早月尾根、ゆえに色んな角度で見るとそれぞれの前後関係、下から見上げる時のピークの高さの見え方によって、剱岳の姿が変わる。富士山では見れないことだ。どこを通ったとしても、楽なコースはなく尾根や谷を越えた先にようやく頂上があるのだ。このようなことは登山の前には知っていなかった。今回の登山を経験した後に、地図などを見てはじめて知ったことである。ああ、このとき知っていれば、また違った写真が撮れたのにと思うことは多い。

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そもそも「立山」は霊山として富山の人たちに崇められてきた。今でこそこうやって毎日のようにいろんな人々が登る山になったが、特に剱岳は困難だからという以外に畏れ多い山としてかつては登ってはならない山だった。現在、その登ってはいけないという感覚がわからないかもしれないが実は私達の日常でも若干その習慣は残っている。神社の本殿の中、奥深くまでは一般の人は決して入ってはいけない。無人の神社でも誰も入らない。かつて那智の滝に登ろうとしたクライマーの方がいたが、御神体である滝に登ることを神社関係者のみならず、周辺地域の人々も良しとして見なかった事があった。これと同じことが、当時の剱岳測量登山でおきていたのだろう。ところが明治政府主導で登山が行われてしまったのだから、それはおおっぴらに反対はできない。地域と政府の間にいた長次郎さんはとても大変だったに違いない。と思う。

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7時50分 雪渓終了

そんなこんなで、長次郎谷を過ぎ、この大雪渓が終わる。ここからその先には左岸に道がある。この雪渓で気をつけないといけない事がある。この後の出来事で今でもはっきりと覚えている。私は残った雪渓を進み、雪渓の終わりの左岸の道の場所にまっすぐ進もうとした。しかし、本当はそれは大間違いで、大きく左によりながら進まなければならなかった。というのも雪渓が終わった部分は深く、その下には沢があるのだ。雪渓の上にいる私から見るとなんてことはないただの沢なので、ひょいっとひとまたぎで行けるなと思っていた。がしかし、皆が進む左巻きをして、進み、振り返ってさっきの位置を見ると、雪渓の高さはとても高く2メートル以上はあった。しかも鋭角に溶けていて、雪庇の状態であった。私一人で行ってたら、あの薄い雪庇から崩れ落ち、2メートル下の岩場に滑落していたであろう。

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8時30分 真砂沢ロッジ到着

雪渓が終わり、半壊状態のがけ崩れの道を進み、真砂沢ロッジに着いた。

雪渓が終わったととんに蒸し暑さに包まれた。

真砂沢ロッジはテント場もある。大きなテントがいくつもはられており、山岳会や山岳部のようだった。ここをベースにクライミングが行われるのだろう。

ここで、品質保証はなさ気な張り紙の水を補給する。きっと何の問題もない。人間一度はあると思うが、本当にのどが渇いたら泥水でも平気で飲める。

しばらく休憩する。疲れていたのだろう、30分以上休憩させてもらった。この先はもう少し下った後、一気に登る道が待っている。

9時15分 真砂沢ロッジ出発 

ここからは左岸を下りつつ、時には岸壁、時には藪の中を行く道となる。いかんせん足場は悪い。もうずっと悪い。途中、川に入れる場所があったのでそこで休憩しつつ、皆頭を冷やしたり、足を洗ったりした。そう、とても暑いのだ。もうかれこれ3日暑い。そして今日が一番暑い。持ってきた水が足りないかもしれない。足をアイシングして歳度出発、少しだけ元気になった。がしかし、気温と荷重は思いのほか肉体を痛めつける。

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11時 二股吊橋

ここで川沿いの下りは終わり、今度は一転、仙人峠に至る尾根の登りとなる。あいかわらず私のペースは遅かった。先に3人で進んでもらい休憩してもらいつつ、私が追いついたらまた出発するという尺取虫のような隊列となった。とにかく一歩一歩のステップアップが重い。そして暑い。いつかはこの登りは終わり、平坦なもしくは下り坂になるのだろうが、それがまだまだ先なのは分かっている。だが止まってては、けして進まないので、ゆっくりでも一歩一歩進んでいく。

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11時50分 休憩

ようやく休憩して待ってくれている3人に追いついた。追いついたという言い方は間違っていて、私が登ってくるまで待っていてくれた。そして彼らは先へと進んでくれた。

しばらく休憩した後、途中K氏のみが待っていてくれた。果てていた私を見かねて荷の一部をを持ってくれるという。申し訳ない気持ちと情けない気持ちそして、ありがたい気持ちで泣きそうになった。そして甘えた。わたしの登山はここで敗退したと言っていいが、それでもそれしか選択肢がないのでそれ以上はあまり考えないようにした。とにかく持ってもらったからには今まで以上の登攀力が出るはずなので力いっぱい歩いた。歩き、追いつき、休憩し、また歩くことしかすることはなかった。休憩をするとき膝に両手を押し当てた。その時地面に蟻が見えた。そのアリが、アリの巣に入っていくのを見て、羨ましく思った。負荷軽減の効果もあり、次第にペースは取り戻された。

14時27分 仙人峠

やっと上りが終わった。目の前には大きな裏剱があった。あとは下るだけだ。気がつけば天候は曇り、雨が降るりそうなので、のんびりはしてられない。だが、少し休憩した。ここからはトラバースしながら下っていき、暫く行くと目的地の池ノ平に着く。はずだったが、なかなか着かない。体力のなさがそうさせるのか、なかなか着かなかった。

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15時 池ノ平小屋 到着

池ノ平小屋についた。とにかく荷をおろし、へこたれた。K氏らはすでに着いていた。自動運転でいろんなことをして、とにかくテントの中に入った。いや、その前にビールを買って飲んだはずだ。覚えている。うまかった。テントは6張り、昨日までとは打って変わってひっそりとしている。そうか、こういう静かなところも魅力の一つだ。ただ、道が困難なだけで。同じようにヘロヘロで着いた登山客がいたが、大いに気持ちがわかった。プラス7キロの負荷は大変だったし、K氏にいらぬ体力を使わせてしまったが、きっとこれは何かに役に立つ。 とにかく、大阪に帰ったらK氏二人に死ぬほど何か食べさせてあげよう。そんなんじゃ足りないが。

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続く。

 

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