9時 宝剣岳に向かう
出逢った人達と、お別れを言って宝剣岳に出発する。まずは小屋を出てすぐ右手の斜面にそって進む。ここからまっすぐ宝剣岳に向かって登って行く。宝剣岳の容姿は、東側カール部はストーンと斜面がまっすぐそして雪が深く積もって雪庇になってるが、西側はゴツゴツの岩が露出し、険しい表情をしている。風の影響だろう。西側から吹いた風が山を越し、カール側へぬけた時、気圧の差で東のカール側から風が吹き込む。紙の平らにして上の方に息を吹きかけたら紙が持ち上がるのと同じだ。
前回
まずは千畳敷を見ながら雪庇に気をつけて稜線を登る。山頂までの距離は大したことないが、登山のリスクは距離ではない。
踏み跡が無いのでゆっくりゆっくり進んでいく。とりつきまで来ると、その迫力に圧倒される。しかし、引きで見てたほど斜面の角度はキツくない、気がする。
稜線沿いに進んでいくが、落ち方が急だったので、少し戻って巻いて登る事にした。稜線はやめてそのまま夏道らしきルートを見つけたのでそちらを選んだ。やや上に上がりながら、先の岩バックナンバーまでトラバースする。雪山のトラバースは恐ろしい。ステップが2箇所抜けたら落ちてしまう。アイゼンをしっかりと蹴り込むが雪の締まりが悪い。チェーンを掘り起こしてピッケルを引っかけて横這いで進んでいく。
雪に埋もれた岩場に着いた。ここからまっすぐ上に登るのだが、ミックス帯なので、慎重に登って行く。雪が深いと思ってアイゼンを蹴り込んだらそこだけ浅く、岩で脚全体が弾かれる事があるので、ゆっくりゆっくり足を置いていく。たまに出てくるチェーンにピッケルを引っ掛けて登る。だが、そのままチェーン沿いに進むと思っていたルートではなくなりそうだ。右側に巻く道はチェーンはあるが切り立っていたので、そちらには行かず、雪壁を直上する事にした。そもそも宝剣岳はもとより木曽駒ヶ岳もこの時期にしか来たことがないので、夏の状態は知らない。先入観がないのはいい事だ。
雪壁はこれまでで一番急で柔らかかった。両手を決めてしっかりステップを作って登る。下りのためでもある。だが、じーっとしていたらそのうち崩れておちそうでもあるので、サクサクと登る気持ちで慎重に足を上げていく。上を見るとゴールが見えている。20メートルか、それ以下か、それ以上か、分からないが、とにかくあそこに着くまで、同じ動きを繰り返す。パソコンも安定している時に、無理にアップデートしたら調子が悪くなる。あれと同じだ。このペースが今日の今の雪には良いのだろう。足を置くときに下が見えるのだが、それはもう恐ろしい。どこまでも落ちて行けそうだ。だが、風もなく吹雪いてもいない。落ち着いて登っていく。
雪壁のリップにピッケルを掛けたとき、安心して少し泣きそうになったのは誰にも言えない。そのまま体を持ち上げて立ち上がる。
向こうには千畳敷が広がり、見渡す限り、雪山が広がる。下には山小屋が見える。高度感は大した事はないが、全く気を抜けなかった。慎重に山頂部に上がる。宝剣岳、まずは登頂成功。
宝剣岳登頂
写真を撮る。少し時間をもらっていろいろ考える。あまり長居はしたくない。あっという間に天気が変わるのが通常運転の宝剣岳だ。とっとと降りたい。登りたいし、登ったらすぐにでも降りたい山は例え難い。ずっと居たい山もある。でも、ここは早く降りたい。
ホワイトアウトしたら嫌だ。
雪壁のリップに戻る。いつも思うのだが、身長の分、高さが増し、そして斜面の角度に対して身体が前傾しているので、余計に急に見える。斜面が80度ならば、その上からまっすぐ立って見たら10度分前屈みになっているので実際の斜面より急に見えるのだ、多分。
そしてクライムダウン一歩目を決めるのが一番怖い。しっかり手を伸ばしておけないし、今回は雪がゆるいので片足では支えられない。ゆっくり両足を置いてそして一歩づつ降りる。登りで作ったステップはお役に立たないようでサクサクと崩れていく。マジか、、と、思いつつ、それでもゆっくりなるべく雪をこわさなように降りていく。何度かアックスに体重がかかりそうになった。いつまで続くかわからない雪壁を下りる。まだまだあるが、確実に降りているので、気を抜かず、かつ緊張しすぎないようにリラックスして身体を動かすよう、したいのだがそうは思ってもそうはならない。とにかく雪を信じて降りていく。登りでサヨナラしたチェーンがやや右にあった。届かないので、二歩、右に進み、チェーンをピッケルで引っかける。ようやくリラックスできた。そのままチェーンにピッケルを掛けながら降りていく。何という安心感と、セコ技。これで良いのだ。
あとは自分の踏み跡を辿って降りていくだけだ。とは言えまだまだ足場は悪いし雪壁下りもある。最大の難所を越えれたからと言って、今後無事故である保証は無い。私はよく下山終了直前に足首を捻る。心の緩みは足首の緩み、だ。
焦る気持ちを抑えてゆっくり進んで行く。そのコントロール不完全の心の中心に宝剣岳に登れたという熱いものがあるのがわかる。
切れた崖のルートが、終わり、なだらかな斜面に出た時、安心感に包まれた。そこからの記憶はあんまり無いが、小屋の主人に無事帰ってきた事は報告した記憶がある。これは良い思い出なのだろう。でも、こんなソロ、オススメはしない。せめて2人以上で。
10時 宝剣山荘到着
小屋に入って装備を外す。時間にして1時間もかかってなかったが、午前中まるまる使った気分だった。
小屋では一人ぼっちだ。今夜、私以外で泊まる人はいるのだろうか。不安になった。
そういえば、ここ宝剣山荘はドリンクが売っているが、水もビールも、同じ300円だ。どうなってるんだろう。重さで値段が決まる、そんな気がする。
落ち着くと、暇になった。
明日はゆっくり下山するだけだし、午後から天気が変わるかもしれないので、木曽駒ヶ岳まで行く事にした。
一旦切ったgoproを再度入れる。バッテリーコードが外れていたので繋ぎ合わせる。
ピッケルは一本で良い。
木曽駒ヶ岳へ出発
晴天の中、今度は先ほど登った宝剣岳を背にして進む。すぐ小高い丘が見えるのだが、中岳という中間の山だ。あの先にまだ見えない木曽駒ヶ岳がある。中岳も木曽駒ヶ岳も千畳敷から登ると、斜面は短いのでトレッキングにちょうどいい。ただ、景色が短調なので、振り返って宝剣岳を見る事をお勧めする。という事で、木曽駒ヶ岳は、帰り道の方が楽しい。行きはただひたすら、なだらかな斜面を2回登り、1回降るだけだ。中岳のとりつきに見慣れたザックが2個、捨てたあった。置いてあった。あのテント泊2人のだ。気持ちは大いにわかった。中岳の斜面はどこを通っても大丈夫なくらいなだらかで丸い。その頂上部にその2人がいた。お別れをしたのにまたすぐに会えた。よかった。
今度こそお別れを言って木曽駒ヶ岳に出発した。一旦登った中岳を下りる。ここはぜひアップダウンなしで、トラバースしたいが、冬は危険すぎて正規ルートでは無い。
目の前には既に木曽駒ヶ岳が見えていた。こんもりとした山だ。どこから見て「駒」なのだろうか。
そうぶつぶつ思いながら進んで行く。程なく山頂に到着。ここには祠があるので、初詣をする。寒いのですぐさま引き換えす。
思った通り、帰りは宝剣岳を見ながら歩けるのでとても良い。来た道を引き返し、たまに写真を撮りながら小屋の方に戻る。
今夜も晴れるといいな。
続く