安心の宝剣山荘
木曽駒ヶ岳からのスノートレッキングを終え、宝剣山荘に戻ってきた。相変わらず狭い通路を通り、食堂に入る。誰もいない。アイゼンを外し、中に上がる。手袋を外して上着を脱ぐ。それらをハンガーにかけて、ストーブの熱で乾かす。天井がガタガタ鳴っている。主人が掃除をしている音だ。昨日とはうってかわって静かな食堂の中、元旦から2日にかけての今日はやはり人が少ないのだろうか。もしかしたら今夜は、僕1人なのではなかろうかと不安になってくる。そのうち何人か増えるだろうと、根拠なく期待しながら昼ごはんの用意をはじめる。そうしていると、チラホラと登山者が、入ってきて休憩を始める。よかった。そして、どうか帰らないで、泊まってくれますように。
前回
ランチ
本日のランチは「牛飯」のアルファ米に無理やりミートソースの素を入れてみる謎のレシピだ。もちろん家で試作などしていない。ぶっつけ本番のチャレンジメニューだ。お腹に入れば一緒なので気にしない。でも本当はおいしくなってほしい。
昨日と同じテーブルで、お湯を沸かす。持ってきた水がもったいないので、外で雪を取ってきてそれを沸かすことにした。いったん中に入ってあったまった後の外は泣きそうに辛い。雪をどっさりコッヘルに入れて、少し水を注ぐ。鍋との接地面を増やす事で、融ける時間が早くなる。サウナが高温でも耐えれるのは、気体だからだ。あれがお湯なら死んでいる。それと同じだろう。
お湯を沸かしている間、読みかけの「岳」を読む。そういえば昨日第一巻の初めに、アイゼンを外して斜面を登る青年が滑落するという、最近富士山であった例の件が被ったのを思い出す。山に来て、自然は美しいとか健康だとか人は言うし、僕も思うけど、確かにそういう面もあるが、それは人間が勝手に思ってるだけで、自然は人間に気に入ってもらえるように山をそびえ立ててるわけでも、なんでもない。ましてや、安全に登れるように形作ってくれるわけではない。下山して道路を歩くとよくわかる。
とぶつぶつ考えているうちにアルファ米は炊き上がった。ミートソースの粉を入れる。混ぜる。食べてみる。うまくもまずくもない。
これは、もうないかな。
続けてコーヒーを淹れる。インスタントだが、カップに注ぐといい香りがする。おいしい。
まさかのGopro フリーズ
撮り終えたGoproを確認する。先程の木曽駒ヶ岳の映像は青空と雪のコントラストの気持ちの良い動画が撮れている。その一つ前の宝剣岳の動画は、ん、おかしい。
ない。なくはないが、出発してすぐに途絶えた。やってしまった。おそらくバッテリーのケーブルが外れていて、低温で止まってしまっている。あれだけ苦労したのに。無念。といって明日、再アタックするほど愚かではないので、すんなり諦める。はあ。。
主人が宿泊受付を始めると、食堂の数人が窓口に並んだ。よかった。あの人達は確実に宿泊だ。
私は、食事前に宿泊の手続きを済ませていた。聞けば同室のようだ。ソロおじさん3人が同室だ。あと、若者一人は別室だ。何か意図的なものを感じてしまう。
暇なので会話をする。おじさん一人は地元の人で、息子が大学卒業するまで、自由にできるお金が限られることを楽しく話してくれた。もうひとりは名古屋のおじさんで消防士。若者はマレーシアかシンガポールだったか、あのへんのルーツの豊橋の青年だった。彼は日本に来て2年だが、もう20座ほど日本の名峰を登っている。若いってすごい。今日出会う前日も乗鞍岳に行ったそうで、明日からは谷川岳に行くらしい。すごすぎる。
写真撮影
天気は若干悪くなってきた。がしかし、「晴天の写真よりも天気が変わる頃のほうが良い」という事になったので、頑張って行くことにした。
完全防寒で外に出る。風が強く、雲なのか、霧なのか、とにかく白色の風が吹いている。
宝剣岳は見えたり、見えなかったり。山荘裏手の撮影ポイントに向かう。そこは先程まで晴天だった帰り道に見定めていた場所だ。谷の際なので気をつけないといけない。
撮影場所に付き、雲が切れるのを待つ。たまに見える山頂部を意識してじっと見つめておく。そうしないといざ張れた瞬間にカメラをフレーミングできないからだ。雲が切れても5秒ほどでまた雲の中に山は消えてしまうのだ。
体に吹き付ける風は谷からなので、向かい風だ。座ると踏ん張りがきかないし、いざ撮影のタイミングというときに惜しい数秒を使ってしまう。ゆえにじっと耐えながら風に向かい合って立っている。だが時折、風が急に反転することがある。向かい風に体を預けて前かがみでていると、急に背中をドスンと押される風に変わるのだ。目の前は崖なので、それは恐ろしい。こうやって稜線でふっとばされるのだなと、痛感した。前後左右の風を意識しながら、じっと時を待つ。
カメラはSONYのa7iiiに16-35/F4 低温にも強いカメラだ。
振り返ると木曽駒ヶ岳の方は青空だ。その青空の空洞が宝剣岳にきてくれればいいのだが、残念ながら風向きはそうなっておらず、東の方に晴れ間は向かっていく。それでもたまに西の空からの太陽が眩しく輝くことがある。それも晴れ間を表しているので、まだかまだかと、カメラを構えて待つ。
待つこと1時間。すっと宝剣岳が目の前に現れた。雲が切れたのだ。いそいでフレーミングし、シャッターを押す。そこにずっとある山なのに、撮り方はスポーツの撮影だ。一瞬を逃してはいけない。
シャッターを押しながら、構図を変えて撮っていく。ショータイムは数秒で終わった。その後の第二波を待っていたが、宝剣岳はそれ以降姿を表さないので、諦めて撮影は終了することにした。
山荘に戻るとカメラは一気に白くなった。もうこれで当分は撮影できない。
つづく