山と僕とカメラ

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登山初心者のバタバタ日記

木曽駒ヶ岳 宝剣岳 年末年始 厳冬期登山 年越し山荘編

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木曽駒ヶ岳 宝剣岳 年末年始 厳冬期登山 年越し山荘編

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宝剣山荘

剣岳のすぐ脇にある2階建ての山小屋、宝剣山荘。今回の入り口はおそらく冬季用の非常口で、いつもなら広い掃き出しの扉が玄関となる。そこはまだ板に覆われていた。その外はまだ雪にうもれている。狭い通路、まるで炭鉱のような通路を身をかがめながら入る。何度か頭をぶつけ中に入った。暖かい。ストーブが部屋を温め、温度差は30度ほどあるだろう。早速装備を剥がす。アイゼンを外すのがもどかしい。この山荘はベニヤ板までしかアイゼンで入ってはいけないことを覚えておこう。アウターを干し、手袋も干し、軽くなった体でストーブの近くに椅子をおいて座った。一回はほぼ食堂になっていて、食事タイム以外は休憩の間として使われる。ちょうど25mプールぐらいの空間だ。そこに15ほどのテーブルが有り、折りたたみ椅子が備わっている。入口近くは土間のようなコーナがあり、物干しとストーブがある。ベンチもあるし岳も全巻ある。ドラゴンボールもある。続々と人が入ってくる。この中の何割かは宿泊者で、残りは日帰り登山者だ。外は非常に状況が悪い。見たところ、木曽駒ヶ岳の方に向かう人はいないようだ。いや、もしかしたらいたかもしれないが、小屋に入ってきた人たちでもう一度外に出るような動きをする人はいなかった。私も本来なら荷を整理して木曽駒ヶ岳までののんびりしたスノートレッキングをするつもりだったが、天気が悪すぎるので良くなるまで待機することにした。皆もそうだろう。

 

前回

 

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昼ごはんはカレーメシ

荷物からバーナーとシェラカップを出し、湯を沸かす。昼ごはんだ。今回のバーナーはスノーピークの小さいあれだ。出発準備当初は燃費効率のためにジェットボイルを考えていたが、かさばるので小型軽量の仕組みに変えた。メニューはNISSINのカレーメシだ。カレーメシ自体はかさばるので、アルファ米の袋に詰め替えて持ってきた。これはとてもいいアイデアだった。ご飯自体も数分で戻るし小型になる。今後もこのやり方は使われるだろう。

お湯がわき、カレーメシに湯を注ぐ。もちろん湯量も事前にメモし、マジックで袋に書いている。

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まさに準備万端。人は食べるために生きていることがわかる。

数分後、出来上がったであろうカレーメシをスプーンでかき混ぜる。さけるチーズを裂いて投入する。完成。

下であったツワモノクレイジーテント泊の二人組と会話できた。彼らも大阪から来たようだ。

食べながら会話を続ける。うまい。うますぎる。

彼らは今からテントを張らないといけない。あの過酷な状況で。おそろしい。

カレーを食べ終え、コーヒーを飲む。インスタントだが熱い飲み物はうまい。きっと白湯でもうまい。

宿泊手続きが始まる。結構な人数が宿泊しそうだ。よかった。

みんながのんびりご飯を食べている。外に出ていく者はやはりいない。明日が晴れるか心配だ。予報は良いようだが、ここは山だ。信用ならない。

 

ザックを2階の部屋に持って上がる。4名でギュウギュウの部屋に3名が泊まることになった。こんなもんだ。広い広い。

下に降りる。大してすることがないので、何もしない。ただダラダラとお喋りをする。ビールも飲んだだろうか。

2時をまわる頃には人は整理され、宿泊者のみとなった。40人ほどだろうか、想像以上に多かった。

テント設営

外でテント泊の二人組が気になったので、様子を見に行く。

テントは張れていた。よかった。スノーブロックを積めるだけ積んで風に備える手伝いをした。近くにソロテント泊の若者クレイジーガイがいた。彼はまだテントが張れていないようで、ちょうど私のテントと同じものだったので設営を手伝った。ペグが雪用がなかったので、コンビニ袋をかき集めて渡した。ここもスノーブロックを積めるだけ積んだ。他にすることがないときは、何事でも夢中になれるタイプなのか、私は。

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無事両者とも設営が完了したので小屋に戻る。天国だ。

雪山のテント泊が初めてだという二人組の一人、こんな過酷なデビューとはなかなか万能の神もいたずらがすぎる。ただ、どうしようもなくなったら、この小屋にはいいってくればよいのだから、神は優しいのかもしれない。極端だ。

夕方近くになり、ご飯の準備が始まる。昨年と同じならば、めちゃくちゃ量が多いはずだ。なので、昼後以来、おやつなどは口にしていない。どう考えても食べ切れなくなることは明確だ。外はいつの間には天気は回復していた。明日の日の出は間違いない。テンションが荒ぶる。

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大忙しの宝剣山荘

厨房で主人一人が準備をしている。噂ではもうひとり来る予定だったが、これなくなったので一人で切り盛りしているらしい。ありえない。すさまじい手際の良さでご飯の準備が整っていく。彼一人が配膳まで全てやっていたら、ご飯をよそうまで時間がかかりすぎる。そう察した食いしん坊の人たちが配膳をかって出た。小さなカウンターに出されたご飯をどんどんテーブルに運ぶ。そう、ここは自衛隊駐屯地、一人のためではなく皆のために。と見せかけて早くご飯が食べたいだけなのだが、なぜか、主人が感謝してくれて、ビールを一本頂いてしまった。

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最後の晩餐

魚のフライ、メンチカツコロッケ、サバの味噌煮、ビーフシチュー。やはり、とんでもない量だ。

2019年最後の晩餐をいただく。

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同席の人たちと楽しい会話をする。話題は絶対にあるなと思ったがやはり、富士山滑落の件だ。良い悪いとは特に思ってないが、自分ならどうしただろうという感じだった。一人のおじさんは元旦に富士登山をおこなったことがあるかなりのツワモノだった。ほかにもありえない距離の縦走をしたという。下には下がいるが、上にはもっと上がいる。そんな気持ちになった。

満腹この上ない状態で食事を終えた。本来の「宿泊」ならこのあと温泉とかになるのだが、ここは吹雪の山荘、することは飲酒と雑談と、読書しかない。もちろん写経などしてるひとなど一人もいない。

テレビは付いていたので雑音代わりにはなった。テント泊の人たちが食事を始めたので、持ってきたワインとおつまみを持っていき混じった。

そのご飯がかなり凝っていて、アヒージョや、ローストビーフなど、おおよそ山では食べれないものがずらりとテーブルに並んだ。だがしかし、いは満腹なので、目で味わいながら酒を飲んだ。

そういえば、ソロテントの若者がいない。天国へおいでと声をかけ、彼も席に入った。空腹だったので、美味しそうにパクパク食べた。

もうすぐ12時になろうとしたとき、あのソワソワ感が食堂を包んだ。今年はにぎやかだ。その賑やかさをひっぱているのが「2020」と形つくられたメガネを掛けている若者たちだった。場が和む。ストイック過ぎるのもにぎやかすぎるのも、嫌なので丁度いい。

年越し

カウントダウンが始まり、2020年になった。

あけましておめでとうございます。と乾杯をしあう。なんと幸せな空間だろう。まいにちが年越しなら人間は戦争をしないかもしれない。

ちなみに水色のフリースのおじさんが、厳冬期富士登山をした人だ。

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落ち着いたところで席に戻り、あらためて新年の挨拶をする。

ダラダラと時を過ごしていると、消灯の時間になったので、慌てて片付け、私は2階へ、彼らはテントにそれぞれ向かった。

そこからは、グッスリ寝た。星の撮影もしたかったが、また明日の夜もあるので、撮影しないで寝た。後々後悔することとなすことなど、このときの私はもちろん知らない。

 

続く

 

 

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