山と僕とカメラ

登山初心者のバタバタ日記

久しぶりの登山は快適な滋賀県の霊仙山その2

登山口には他にも登山者が多数いて、みなそれぞれ準備をしている。

それを見ながら私たちは車道の坂道を登る。その途中にアーチ状の木が弧を描いていて、その下を通る。それはまるでかつて「ようこそ霊仙山へ」と書いていたゲートの名残のようだが、たんに生きている木なのだろう。

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しばらく行くと車道の坂道はきりかえしているが、私たちはそのまま山の中に進む。ここが本当の登山口である。

今まで何回「登山口」があっただろう。

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さっきまで明るかった景色もここからしばらくは、暗い杉の谷になる。暗い谷に入る。斜面には石垣の跡があり、かつては段々畑だったのだろうか、はたまた家屋の敷地跡であろうか、真ん中の沢を挟んで両側にそういった人工の石垣がいつくか残っている。今は無造作に杉の木が立っている。

杉林になる前には、小さな集落があって、のどかな畑と家があったのだろう。杉林というのは、太古の昔から自然にあるわけではなく、戦後の建築材の生産を目的として全国に杉の木を国家の政策で作ったのである。なので、明治以前は人工の杉林はあまりなかったはずである。

そんな事を考えながら登っていくと、出ました謎のロッジ跡、跡なのか現役なのかは、不明だが見た目は跡である。

「かなや」

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壁には新しい看板が増えてるような気もするが、「かなやが今日もここにある」事だけを確認し、さらに登っていく。

ここからは今までのゆるい谷は終わり、少しだけ急な斜面を登る道となる。

手の甲を上にして、指を広げる。

人差し指と中指の間が先ほど通ってきた廃墟の杉林で、指の水掻きから手の甲にかけての部分がこれから登る斜面だ。と言えば分かりやすいだろうか。

斜面とはいえ、ジグザグに道があるので大変登りやすい。

何組かの人達に先に行ってもらう。今日はたっぷり時間があるので、ゆっくりゆっくり登る。ほとんど紅葉は終わっていて葉は落ちている。少しだけ赤い紅葉がところどころに残っている。しかし、今年はまともに紅葉を見ていない私達には、じゅうぶんの紅葉で綺麗な赤色だ。

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今まで心の中で「紅葉を見に行こうよう」と言ったのは何回あるであろうか。毎年言っていて、紅葉の話題があるのが年に5回として、約200回は無駄な駄洒落を心の中で唱えている事になる。そしてその記録はこれからも続く。

紅葉というのは、緑の葉が秋になると黄色くもしくは赤くなる事だが、仕組みはこうだ。葉の中のクロロフィルが抜けて、元々入っていた黄色の色素だけが残ると、イチョウのように黄色くなる。また、葉にたまっていた糖分が抜けずにクロロフィルと化合すると赤い物質に変わりモミジのように葉が赤くなる。

ところで、「もみじ」と、変換すると「紅葉」と出るが「もみじがこうようして」と書きたい時に「紅葉が紅葉して」と何が何だか分からなくなるのは、いかがなものか。