山荘に戻った。すっかり夜だ。
乾燥室にたちより、服を回収する。寝室の前の廊下で荷造りをする。明日は午前3時起き、4時出発。日の出が5時位なので、4時半くらいから明るくなってくるはずだ。ということは最初の30分が暗闇だということである。ヘッドライトを頼りに登って行くことになる。それをしてでも早出をしたほうが良いし、時間的にもそんなにたっぷり余裕があるわけでもない。今朝、岳沢小屋であった人も、おそらくかなり早く出発したはずだ。そう、私以外にも明日はきっと早出組がいるに違いない。いておくれ。
明日の服とヘッドライト、水を寝床に持っていく。もう寝ている人も多い。皆、お疲れのご様子だ。
私もストレッチをして、睡眠に入る。ほんとに楽しい一日であった。明日も、こうやって寝れるように、一歩一歩ゆっくり安全に歩けるといい。
そして、次回も、その次も、綺麗な景色を山頂で見れたら、、ぐ、、ぐうううーーーーすやすや。
聞き慣れた山口百恵の「いい日旅立ち」が聞こえてくる。せっかく、いい夢を見ているのに、そういうときに限って、百恵ちゃんはいつも邪魔をする。
そうか、これはアラームか。ほんとに3時に目覚ましをかけて律儀な昨日の私である。もう少しゆっくりでも全然大丈夫なのに。
のそのそ、と起き上がり、暗闇の中で服を着る。
ほんの少しヘッドライトを付けて、忘れ物を無いことを確認して、部屋を出る。
私の他にも数人が起きてモソモソと準備をしていた。よかった。ノットアローン。
一通り顔周りを洗って準備を整える。ザックを持って1階のロビーに降りる。
結構な人がいた。ほっとした。
どうしようか悩む事が一つあった。
実は朝食のお弁当、これは大体の山荘で、朝食を定時に食堂で食べれない人用にお弁当を渡してくれるのだ。
そのお弁当を持って山に登るべきか、今、ここで食べるべきか。
眼の前の人が、お弁当を食べている。
答えは決まった。
なんとも美味しい、甘く炊いた鮎に、お寿司。
贅沢極まりない。今食わずしていつ食うのだ。もしかしたら、もう、、いやいや。
電灯はまだ点いていない。ヘッドライトで食べるご飯も、これまた良い。
ありがたいことに、ここ穂高岳山荘は、ゴミが捨てれる。すごい。
朝ごはんのゴミをすてさせて頂き、水を補充し、出発。
外に出ると、寒い。当然ながら今回で一番寒い。ジャケットをまとい、ヘッドライトを奥穂高の岩稜に向ける。
その岩稜に4つほどライトが見える。先行者だ。彼らはお弁当を食べてないのかもしれない。大丈夫だろうか。と、いらぬ心配をしながら、岩場に取り付いた。
手元しか見えない。逆に言うと。いなえみかしともて。
ではなく、逆の意味でいうと、手元に集中できる。一旦遠くを見て、ルートを確認し、手元に戻り、一歩一歩、歩いていく。
いきなりの梯子も、そんなに怖くない。梯子は梯子だ。むしろ梯子だ。
丸い印がヘッドライトでは意外とよく見える。それが連なって見えるので、ルートも決めやすい。と思っていたら、何回か間違ってしまった。油断大敵である。
左手から振り返ると、東の空が明るくなってきていた。まだヘッドライトのほうが明るい。がしかし、上り詰めると共に、あたりは薄い青色に包まれ、ライトの需要はなくなった。うっすらと目的地が見えてきた。
そののち、奥穂高山頂に着いた。ここが今回の本当のスタート地点だ。
ほかの登山者は東の稜線に集まっている。日の出を見るためだ。
残念ながら、私には、その時間はない。
ハーネスをつけ、西に向かう。
眼の前には、静かにあいつが佇んでいた。
その名はジャンダルム
ドローンでは1分で着いたが、歩いていけば1時間はかかる。
ジャンイチ、ジャンダルムにむけて出発。言っとくけど、ピストンである。
最初から、もういきなり登山道がおかしい。道ではなく、細い岩場である。海岸の小さなテトラポッドをポンポンと歩く感じである。この海水の透明度は500メートルはあろうか。暫く行くと、右に降りるようになっている。
足場はしっかりしている。そしてまた、ナイフリッジの稜線に戻る。無風であるため、なんということもないが、これが風があるときならば、とてもおっかない。
稜線は傾斜がついてきて下降する。一人なので、足場の選択にもたつくが、これはこれで楽しい。焦らずゆっくり降りていく。所々、平らな場所があり、少し落ち着く。
次第にジャンダルムは見えなくなり、そのかわり、目前の登るべき斜面とにらみ合う。
けして平らではない岩の連続。まるで怪獣の背中のように尾びれが刺さったような岩の間をまたいで進む。丸印があるとホッとする。海でいうと、沖のブイのようだ。 とりあえずルートは間違っていない。左右にかわせない岩は飛べない跳び箱のようにまたいで超えていく。お恥ずかしいあるきかただが、安全にとなると、こうなってしまう。
急峻な降り口にやってきた。馬の背か、これが。
名前のあるところは、たいてい危ない。皆の記憶に残っているから名がついているのである。ここはクライムダウンで降りる。一歩一歩。もうずっと一歩一歩のことしか考えれない。これが長い。ボルダリングのコースの下りをずっとやってる感じだ。ホールドもきちんと確認しながらでないと次の一手はなかなか出ない。
途中、まさかというほど細い足場になった。靴の幅一足もないようなスラブの重なりの隙間に足を置く。そしてそこを歩いていく。猫になりたい。
そうして、ようやく馬の背を降りる。
よく降りたものだ。ここを。
そしてさらに降りただけ登り返す。そうここは鞍部になっており、また同じ高さ以上に登りつめないといけない。
行きは、写真が少ない。とてもじゃないが、安全優先で行かせていただいた。申し訳ない。
次の越えるべきは「ロバの耳」だ、どこがどうロバの耳とかは、もういい。
ただ、ひたすらに崖を登る。
ここは巻きながら鎖が設置してある場所を登っていく。
どこよりもここが難しかった。一回ポッキリのチャレンジコースのようだ。鎖があるところは主に横移動のトラバースで、そこは、ハーネスにつながれたギアで、確保しながら渡れるが、縦のルートには、鎖はない。
残置されたスリングなどがある。おいおい、ここ登るのかよ。
どうにかギリギリ楽しめて登れた。クリアすると、あるあるだが、ここをかわす巻道が存在した。
そうやってロバさんの道を超えていくと、目の前にジャンダルムがそびえ立っていた。
おおおお、登れるのか?あれ。。
取り付きから各心部まではなだらかな岩の道だ。手を使わない場所は、もう道と呼ぼう。そして、白い岩の部分から、直登するコースと、裏に回って登るコースがある。当然、直登のコースのほうが険しい。もちろん裏のコースを選択するつもりだった。
でも少し試しに直登コースにしがみついてみた。
なんとなく行けそうだ。
と思ったが、やめた。
ここは安全に安全に。
左から回り込むと、西穂高に行く分岐点に出た。
ということで振り返ってジャンダルムに登り始める。以外ときついではないか。
足場はもろく、ホールドも薄い。こっちでこれなんだから、直登コースなんかやめて正解だ。そう思った。
カニ歩きで少しずつ登っていく。腹筋背筋、すべての筋肉を使い、最後の岩を登りきると、目の前に天使がいた。
あれれ、思ってたコースと違う。山頂の反対側に出るはずだった。
あれれ。すこしばかりコースを間違えて登っていたようで、結局直登コースから出てきたようだ。まあ、いいか。
何はともあれ、ジャンダルムに登った。達成感、満タン。
360度、見晴らしは、、、霧であった。仕方がない。早朝日の出から次第に雲があがって来てあたりは白くなってしまった。しかしながら、その雲の隙間から奥穂高や西穂高につづく岩稜が顔を覗かせる。それだけで十分だった。雲の速さも、心地よい。
ようやく会えたジャンダルムの天使。カメラをセットして写真を撮った。と、そこへ、登山者が一人、おそらく正しいコースから一人歩いてくる。やはりあっちか。。。
来た人と話してみると、分岐点の更に向こうにもっと登りやすい道があるらしかった。念押しありがとう。おおおうう。
ついでに記念写真を撮ってもらう。
お礼にいっぱい写真を撮った。今が一番撮り時に間違いない。
しばらくしていると、登山者がチラホラ登ってきた。でも、半分以上は私と同じ様に間違えて、厳しいコースをヒーヒー言いながら登ってきた。おそらく、初心者が陥る定番なのだろう。次からは、もう少し向こうまでいって登る。というのも、正しいコースから来る人は、とても楽しげに登ってくるのだ。まさに笑うしかない。とはいえ、どうせ登るなら、いや、登れたならと結果論だが、厳しくても良かったとあとになって思えた。結果論だ。
ここから西穂高岳に向かう人、私のようにピストンする人と半々くらいだ。縦走か、またいつか、そうしてみれるようになった時に、しよう。
しばらく、嫌というほどしばらく、ここにいた。
時間を忘れ、ただここにいた。
パンも食べた。美味しかった。
風が強かったので、合間を縫ってほんの少しだけ、ドローンを上げた。強風で吹っ飛んでいきそうだった。うちのエンジェルが天国に行きかけた。
思い残すことは、多々あるが、下山だ。ここからが折り返し地点である。同じ距離を同じだけ歩く。
気を引き締めて行く。
つづく
北海道で地震がありました。緊急時に備えを