夜中、目を覚ますと雨は止んでいて、星が出ていた。穂高がシルエットで見えていた。このままずっと晴れてくれていたらいいが。
まだ、起きるには早かったので再度、眠りについた。
日の出前にもう一度起きた。のんびりした朝だ。夜明け前アタックが無しなので、その準備をすることもない、特にすることがない。ゆっくりトイレに行く。
前回
トイレから帰ってくると、モルゲンロートが終わっていた。皆、「少し見れたね」と言って喜んでいた。残念、見たかった。相方は起きていて見れたようだ。良かった。
雨は降っていない。登頂を目指す登山者も多い。今日の予定をどうするか話し合った。とはいえ、今日の天気を読まないと話し合いもなにもない。私のスマホは圏外で、相方のスマホは昨日の雨で水没状態で死んでいた。ということで、登山案内所なるものに行って聞くことにした。
「今が一番天気が良くて、これからどんどん崩れていくでしょう」
とのこと。この言葉を信じないようなら、案内所にいった意味はない。
午後から雨が降るかもしれない。その雨が降る前に横尾か徳沢に降りなければならない。明日が晴れるという保証は全くない。
北穂高に登るという選択肢はなくなり、涸沢で午後までのんびりするという選択肢さえもなくなった。
とりあえず、朝食は食べる。
朝を過ぎた涸沢は人が少なく静かだ。晴れ間が見えてきたので濡れたものがよく乾く。
ゆっくり片付ける。夜には穂先が見えていた山々は、雲の覆われていた。たしかに天気は完全に晴れとは言えない。
前穂高と奥穂高を結ぶ吊尾根が一瞬見えた。そしてまた雲に包まれた。
テントを畳み、他の荷物と一緒にザックに詰め込む。相方から重いものをこちらに入れる。私のザックはHyperlite社の3400なので55リットルほどしか入らない。せめて70リットルのザックで来ればよかった。次回からは相方が手ぶらでも降りれるよう考えないといけない。
パンパンになったザックを背負い、下山を開始した。
相方が「パノラマコースで帰る?」と聞いてきた。横尾を通るルートと、かかる時間はたいして変わらないので、そうすることにした。距離的には2/3程度だが同じ時間ということは、同じ距離でも1.5倍かかる道ということだ。なんとなく想像がつく。
という発言からして、体調は悪くないようだ。あんまりそこに触れて心配しすぎてもよくなさそうなので、昨日のことは忘れておく。
パノラマコースについてはあまり調べてはいなかったので、再度案内所に行って聞いてみた。一応このルートは登山地図では破線のコースなので。長野県警の人がいた。
「アップダウンがあって沢もあります、足元が大変危険です」
「西奥や大キレット的な?」
「いや、そんな感じではありません」
「ここからルートは目視できますか?」
「はい、あの先に先行登山者がいますよね、あそこまでそこから道が続いていて、あの鞍部を抜けて降りる道です。」
「ありがとうございました!気をつけて進みます」
「お気をつけて〜」
こんな感じだった。
というわけで、出発。登山口は昨日、ここについた場所と同じ。昨日到着直前に「パノラマコース」という看板があった。
先に行く人が数組いた。その中にはまるでハイキングにでも行くかのような軽装で入っていく女子5人組がいた。まさか下までは降りないだろう、きっと涸沢がきれいに見えるところまでのお散歩だろうと思っていた。
登山道は緩やかなトラバースから始まる。下山コースなので大きく登る箇所はないはずだ。ただし、このまま平坦な道が続くのも困る。コースは横尾コースの2/3だ。ということは斜面も単純に考えてかなり急なはずだ。ここが平坦であっては、貯金を使っているようなものだ。
と考えながら、ロープの張られたトラバースを行く。相方にハーネスを付けて確保しながら降りるか聞いた。答えはノーだった。そんなにおっかなくないらしい。よかった。
振り返ると穂高に包まれた2つの建屋、そしてカラフルなテントが見えた。
ここからしか見れない景色、という意味では、このルートでこの景色を見ることは有意義である。しっかり目に焼き付けておく。
登山道はしばらく斜面が続いていく。定期的に休憩を取る。先行のピクニック団は足が早く、もうとっくに見えない。もしかしてほんとにあの格好で下に降りるのかもしれない。おそらくはヒュッテか小屋のアルバイトの人だろう、休暇を頂いて下に降りて楽しむのかもしれない。ツワモノだ。
向かいからご老人夫婦がやってきた。失礼だがかなりの老齢だが、元気そうにやってきた。
だが、ほとんど人がいない。横尾コースの人口を100とすると、パノラマコースは0に近い。鞍部近くに着いた。
先程のピクニック女子が引き返してきた。やはり散歩だったようだ。散歩にしてはワイルドすぎる小道だが。ということは、やはりただの登山者なのか。
彼女らの挨拶でアルバイトの人達だと確信した
「お気をつけて」だかそういった感じの言葉だった。きっと、ここまで来て話さないといけない秘密話でもあるのだろう。
この先に少し見ごたえのあるトップがあるが、登るかと聞くとノーだったのでそのまま上高地側に降りることになった。
ここから徳沢も見えていた。
ここからは、ザレ場の下りだ。明確な「ここが足場ですよ」と聞こえる石はなく、なんとなく自分で判断して足場を確認しながら降りる。
時刻は12時。休憩にちょうどいい大きな平たい岩がある場所だったので昼食を取ることにした。
相方の体調は悪くなく、むしろはやく徳沢に着きたいというモチベーションが感じられた。やはり、前に向かう気持ちは大切だ。昨日とはまるで違う。
パンを食べ、コーヒーを淹れる。
美味しい。
天気は不安定だが、ザザーと降ることはなく、霧のような雨が降ったり晴れたり。
このまま持てばいい。明日は雨でも徳沢からなら頑張って歩いてもらえそうだ。
今まで相方の登山は天気が良い日ばっかりだったので、雨の登山にショックを受けて気持ちが後ろ向きになっていた。後日聞くと、本谷橋らへんで、ザックを川に捨てて帰りたいという気持ちだったらしい。この登山以来、「雨の日の登山」的なサイトを良く見ている。という意味では今回このような形で敗退したのもよかった。昼食を終え、更に進む。途中、息絶え絶えの男性二人組とすれ違った。確かにココらへんは急登だ。沢なので石は丸く登りやすいのだが、その下からずっとこの傾斜なのだろうか、そんな心拍数に見えた。
後ろから団体が来たので道を譲る。おそろいのヘルメットにお揃いのハーネス。クライミング目的だろうか。たしかこの先にそんなスポットがあったような。でも時間がおそすぎる。いや、屏風岩から終えて来たのか、それにしては軽装だ。とにかく道を譲る。
そして黙々と降りていく。次第に樹林帯域に入り、そこに流れる小さな沢を下る。これが、一番やっかいだった。低地に近い環境なのか、ツルンとした岩に苔が生え、体重を任せにくい。一歩一歩というか、半歩半歩という感じだ。
登山靴も底が硬いタイプなので、それもあってつるつる滑る。
これできっとコースタイムが伸びているのだ。この感じが延々と続いた。
一つの沢を途中までおり、トラバース、また似たような沢を降りる。この繰り返しだ。
苦行だった。足首をひねらないように注意しながら降りた。2時間は続いただろうか、やっと大きな沢に出た。地図上はここから等高線の間隔が広い。あとはなだらかな斜面のはずだ。
先程のヘルメット団がいた。右手に向かえばクライミングコース。左手は下山コース。
左手に降りていった。どうやら、ガイドツアーだったようだ。
私達も同じく左手に進む。道というより川の中を下る。振り返って考えると、このコースを逆に登るのは、かなり厳しい。目的がトレーニング以外では使う必要はない。上にロープウェイがありそうな登りコースだ。横尾コースの必要エネルギーとは比べ物にならないだろう。となるとあの老夫婦は本当にすごかったようだ。
横尾からならば、ほとんど歩くだけで「登る」という印象はなく涸沢につける。よくできた登山道だ。
沢をしばらく降りると、見えてきた。橋が。
昨日見た「新谷橋」だ。あの橋を渡ると、今回の次の目的地、徳沢に着く。
橋を渡る。まさかこの橋をわたるときがこんなに早く来るとは思わなかった。
橋を渡り終え、しばらくすると、見慣れた茶色い建物が見えてきた。
徳沢に帰ってきた。
つづく